2010.03.10
解雇規制が生み出す「巨大な生涯契約」の構造 企業の「負債」、正社員の「債権」
いまの日本では解雇規制があるために、会社は正社員を雇ったらほぼ解雇できない。このため、会社が正社員を雇うということは、「定年までずっと面倒を見る」という大きなコミットメントになる。

つまり、正社員を採用した時点で、数億円という規模の「負債」が会社に発生する。この「負債」は、社員から見れば「債権」(相手への「貸し」)であり、いわば「貯金」だ。

「定年までずっと面倒を見る」という、この「巨大な生涯契約」の構造こそ、日本で雇用が出てこない原因である。それは数億円という規模の巨大契約だから、その「市場規模」は当然、そのときの景気に大きく左右される。日本の国際競争力は年々落ちているので、その「市場規模」はますます小さくなっている。

この「巨大な生涯契約」を取れたか、取れないかで大きく差がついてしまうというのが、いまの日本の構造である。公務員・大企業の社員を頂点とした一種の「身分制度」、「労働者カースト構造」ができあがっている。

そして、この数億円規模の「巨大な生涯契約」に、住宅ローンなどの「与信」がぶら下がっている。これが「身分格差」をいっそう深めてしまっている。

日本の場合、住宅ローンというのは、定年まで給料がもらえる正社員の「身分」、その「債権」を担保にした借り入れである。ローンの担保が不動産の物件価値ではなく、正社員の「身分」であるところが、日本の特徴である。いわば自分を「質」に入れるわけで、文字通り「人質」だ。

この「人質」構造により、住宅ローンを抱えた正社員は、どんなに不満があっても会社を辞められなくなる。不条理にも耐えて、転勤にも耐えて、正社員のイスにしがみつくしかない。「質入れ」しているものが「自分」であり、担保になっているのが不動産の物件価値ではなく「定年までの給料」なので、住宅を手放してもローンから逃れられない。

就活というのは、定年まで給料が約束された「身分」、その「巨大な生涯契約」を求めて、新卒が企業に「営業」する一大イベントである。そこで「身分」が決まってしまうのだから、「失敗できない」わけだ。

こういった「日本システム」は、元をたどれば、政府が決めた「国民はこうあるべき」という規範に発している。それを実現するための規制の数々と(解雇規制もそのひとつ)、その規制の枠組みのなかで国民や会社が適応行動(自分がトクになる行動)をおこなった結果、いまのようなシステムができあがったのだ。

日本がうまくいかなくなっているのは、その「国民はこうあるべき」という政府の規範が、いまの世界に通用しなくなっているからだ。そもそも、「国民はこうあるべき」といった規範を押しつけること自体が間違いなのであり、発展途上国ならともかく、いまの日本のような先進国には通用しない。そういう「ソフトな計画経済」みたいな考え方を捨てて、国民に多様な生き方、考え方、さまざまな「幸福のかたち」を許すことが、政府のなすべきことである。

政府が「国民はこうあるべき」という規範の押しつけをやめて、国民の「多様性」を許し、「自由にさせる」ことができれば、いまの閉塞状況も打開できるし、日本は次のレベルに行ける。日本人そのものが「劣化」したのではなく、制度の「設計」が間違っており、その古いシステムをずっと使い続けていることが原因なのだ。


関連エントリ:
民間には力があるのに、政府がジャマしていることが日本の問題
http://mojix.org/2009/11/27/minkan_seifu_mondai
解雇規制、職業の「身分制度」、「与信」の関係
http://mojix.org/2009/04/04/kaikokisei_yoshin
職業の「身分制度」が支える日本の「与信」
http://mojix.org/2009/04/03/mibunseido_yoshin