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「内向きの精神論」と「外向きの精神論」
なんでも他人のせいにして、わが身をふりかえらない態度は確かに問題である。しかし、すべてを「自分の問題」として引き受けてしまうのも正しくない。
制度設計のまずさに起因する「社会の問題」というものは、現実に存在している。これは各自のメンタルな問題ではなく、どのような制度設計が正しいのかを議論すべきものだ。
家が雨漏りしていたり、すきま風が入ってきて寒いとき、それは決して「自分の甘え」といった「気持ちの問題」ではなく、「構造の問題」である。同じように、社会にも「雨漏り」や「すきま風」があるのだ。
すべてを「自分の問題」として引き受けるような過度にメンタルな態度は、一見、自分に厳しい立派な態度であるようにも思える。しかし、「社会の問題」まで自分のメンタルな問題として処理してしまうのは、一種の「思考停止」であって、むしろ「無責任」であると思う。それは「社会の問題」から目をそむけ、単に「逃げている」だけなのだ。
社会や制度設計が変えられないものとして、その中でいかにうまくやっていくかというのは「生き残り戦略」である。いわゆる自己啓発的なアプローチはほぼすべてこれであり、自分自身の考え方や感情をコントロールしたり、他者とのつきあいかたを変えるというものだ。
この「生き残り戦略」は、それはそれで重要なスキルである。しかし、「社会の問題」はそれと異なる場所に存在する。「社会の問題」は、自分自身の「生き残り戦略」とは別に、社会に参加する者ならば全員が考えるべきものだ。「社会の問題」を考えずに、自分の「生き残り戦略」にのみ集中することは効率がいいし、他人と議論をしなければ反感を買うこともない。しかし、これは要するに「自分は関係ないよ」という「無責任」な態度でなくて何だろうか。
『選挙の経済学』でブライアン・カプランが言うように、民主主義においては、政治や制度設計は「共有地（コモンズ）」である。政治に対して「自分は関係ないよ」という無責任な態度を取ることは、この「共有地」の運営を他人まかせにすることを意味する。この「他人まかせ」の人が増えれば増えるほど、「共有地」の獲得に血道をあげる一部の人間に権力が集中していく。
「共有地」の獲得に血道をあげる一部の人間にとっては、この「共有地」を獲得すること自体が、自分自身の「生き残り戦略」になっている。政治という「共有地」に対して「自分は関係ないよ」という無関心な態度を取る人が増えれば増えるほど、この種の人間にはありがたいし、「おいしい」のだ。この種の人間は要するに、政府という強制メカニズムを通じて、国民に寄生している。もっといえば、国民から略奪しているのである。
政治に関する真の問題は、汚職やスキャンダルといったわかりやすいところにはない。それはちょうど、泥棒やヤクザといった「わかりやすい悪」が、社会全体を脅威にさらすような問題を引き起こさないのと似ている。真の問題は、むしろ「善意」の顔をしてあらわれるのだ。政治に対してナイーブな一般人が、「善意」の顔をした者を信じて「共有地」をあけわたしてしまったとき、真の悲劇が訪れる余地が生じる。
日本をダメにしてしまったのは、政府の「悪政」が直接の原因だが、それを許してきたのは、国民の「無関心」だろう。日本人の奥ゆかしさは美点でもあるが、社会の問題に対して消極的な態度を取り続けるのは、単なる「身勝手」である。
福沢諭吉は『学問のすゝめ』の中で、「愚民の上に苛（から）き政府あり」と述べている。
＜西洋の諺に，愚民の上に苛き政府ありとはこの事なり。こは政府の苛きにあらず，愚民の自から招く災なり。愚民の上に苛き政府あれば，良民の上には良き政府あるの理なり。故に今，我日本国においてもこの人民ありてこの政治あるなり＞。
日本では「社会の問題」がしばしば、「ワルモノ論」で語られてしまう。経営者や政治家、官僚などをまとめて「ワルモノ」と見なすような議論だ。こういうナイーブな「精神論」がそれなりに受け入れられてしまうのは、社会の問題を引き起こすのは「構造」であるという見方、「制度論」的な把握が、まだあたり前になっていないからだろう。
これはちょうど、社会の問題まで自分のメンタルな問題として引き受けるような過度に内向きの態度と、表裏一体のものだろう。つまり、一見したところ自分に厳しい立派な態度にも見える「内向きの精神論」は、社会の問題を引き起こすのは「ワルモノ」だと見なすような「外向きの精神論」と、ちょうど表裏一体になっているのだ。「構造」に目を向けるという「制度論」的な把握に慣れていないために、内向き・外向きのいずれに対しても、メンタルで属人的な把握をおこなってしまうのだろう。
関連エントリ：
ブライアン・カプラン 『選挙の経済学 投票者はなぜ愚策を選ぶのか』
http://mojix.org/2009/07/23/caplan_myth_of_rational_voter
「精神論」より「制度論」を
http://mojix.org/2009/07/19/seishinron_seidoron
日本をダメにしたのは誰か
http://mojix.org/2009/05/15/nihon_dame
制度設計のまずさに起因する「社会の問題」というものは、現実に存在している。これは各自のメンタルな問題ではなく、どのような制度設計が正しいのかを議論すべきものだ。
家が雨漏りしていたり、すきま風が入ってきて寒いとき、それは決して「自分の甘え」といった「気持ちの問題」ではなく、「構造の問題」である。同じように、社会にも「雨漏り」や「すきま風」があるのだ。
すべてを「自分の問題」として引き受けるような過度にメンタルな態度は、一見、自分に厳しい立派な態度であるようにも思える。しかし、「社会の問題」まで自分のメンタルな問題として処理してしまうのは、一種の「思考停止」であって、むしろ「無責任」であると思う。それは「社会の問題」から目をそむけ、単に「逃げている」だけなのだ。
社会や制度設計が変えられないものとして、その中でいかにうまくやっていくかというのは「生き残り戦略」である。いわゆる自己啓発的なアプローチはほぼすべてこれであり、自分自身の考え方や感情をコントロールしたり、他者とのつきあいかたを変えるというものだ。
この「生き残り戦略」は、それはそれで重要なスキルである。しかし、「社会の問題」はそれと異なる場所に存在する。「社会の問題」は、自分自身の「生き残り戦略」とは別に、社会に参加する者ならば全員が考えるべきものだ。「社会の問題」を考えずに、自分の「生き残り戦略」にのみ集中することは効率がいいし、他人と議論をしなければ反感を買うこともない。しかし、これは要するに「自分は関係ないよ」という「無責任」な態度でなくて何だろうか。
『選挙の経済学』でブライアン・カプランが言うように、民主主義においては、政治や制度設計は「共有地（コモンズ）」である。政治に対して「自分は関係ないよ」という無責任な態度を取ることは、この「共有地」の運営を他人まかせにすることを意味する。この「他人まかせ」の人が増えれば増えるほど、「共有地」の獲得に血道をあげる一部の人間に権力が集中していく。
「共有地」の獲得に血道をあげる一部の人間にとっては、この「共有地」を獲得すること自体が、自分自身の「生き残り戦略」になっている。政治という「共有地」に対して「自分は関係ないよ」という無関心な態度を取る人が増えれば増えるほど、この種の人間にはありがたいし、「おいしい」のだ。この種の人間は要するに、政府という強制メカニズムを通じて、国民に寄生している。もっといえば、国民から略奪しているのである。
政治に関する真の問題は、汚職やスキャンダルといったわかりやすいところにはない。それはちょうど、泥棒やヤクザといった「わかりやすい悪」が、社会全体を脅威にさらすような問題を引き起こさないのと似ている。真の問題は、むしろ「善意」の顔をしてあらわれるのだ。政治に対してナイーブな一般人が、「善意」の顔をした者を信じて「共有地」をあけわたしてしまったとき、真の悲劇が訪れる余地が生じる。
日本をダメにしてしまったのは、政府の「悪政」が直接の原因だが、それを許してきたのは、国民の「無関心」だろう。日本人の奥ゆかしさは美点でもあるが、社会の問題に対して消極的な態度を取り続けるのは、単なる「身勝手」である。
福沢諭吉は『学問のすゝめ』の中で、「愚民の上に苛（から）き政府あり」と述べている。
＜西洋の諺に，愚民の上に苛き政府ありとはこの事なり。こは政府の苛きにあらず，愚民の自から招く災なり。愚民の上に苛き政府あれば，良民の上には良き政府あるの理なり。故に今，我日本国においてもこの人民ありてこの政治あるなり＞。
日本では「社会の問題」がしばしば、「ワルモノ論」で語られてしまう。経営者や政治家、官僚などをまとめて「ワルモノ」と見なすような議論だ。こういうナイーブな「精神論」がそれなりに受け入れられてしまうのは、社会の問題を引き起こすのは「構造」であるという見方、「制度論」的な把握が、まだあたり前になっていないからだろう。
これはちょうど、社会の問題まで自分のメンタルな問題として引き受けるような過度に内向きの態度と、表裏一体のものだろう。つまり、一見したところ自分に厳しい立派な態度にも見える「内向きの精神論」は、社会の問題を引き起こすのは「ワルモノ」だと見なすような「外向きの精神論」と、ちょうど表裏一体になっているのだ。「構造」に目を向けるという「制度論」的な把握に慣れていないために、内向き・外向きのいずれに対しても、メンタルで属人的な把握をおこなってしまうのだろう。
関連エントリ：
ブライアン・カプラン 『選挙の経済学 投票者はなぜ愚策を選ぶのか』
http://mojix.org/2009/07/23/caplan_myth_of_rational_voter
「精神論」より「制度論」を
http://mojix.org/2009/07/19/seishinron_seidoron
日本をダメにしたのは誰か
http://mojix.org/2009/05/15/nihon_dame