2010.07.09
ベーシックインカムの課題と、課題でないもの
ウィキペディア - ベーシックインカム
http://ja.wikipedia.org/wiki/%E3%83%99..

<ベーシックインカム(basic income)とは最低限所得保障の一種で、政府がすべての国民に対して毎月最低限の生活を送るのに必要とされている額の現金を無条件で支給するという構想。基礎所得保障または基本所得保障ともいう。すくなくとも18世紀末に社会思想家のトマス・ペインが主張していたとされ、1970年代のヨーロッパで議論がはじまっており、近年になってから日本でも話題に上るようになっている>。

私のような「小さな政府」支持者でも、ベーシックインカムに賛同する人は少なくない(ここでは「ベーシックインカム」と「負の所得税」を区別しないものとする。私は「負の所得税」のほうがいいと思っている)。

ベーシックインカムは、「小さな政府」支持者と「大きな政府」支持者の両陣営に、それに賛成する人がいる。かつ両陣営に、それに反対する人がいる。こういうふうに賛成・反対が分布するトピックというのはおそらく珍しく、それだけ議論のしがいがある面白いトピックだということだろう。

私はベーシックインカムに全く詳しいわけではないのだが、ベーシックインカムについて、私が「課題だと思うもの」と、「課題だと思わないもの」について書いてみたい。

ベーシックインカムについて、私が課題だと思うものは、例えば以下のようなものだ。

課題1)ベーシックインカムが導入されたとき、働く人がものすごく減って、原資がなくなる可能性がある(税金を払う人が激減する)。

課題2)ベーシックインカムをどのように与えるか。キャッシュで与えるとすぐに浪費したり、悪徳業者がその受給権に目をつける(いま生活保護で現に起きている)ので、フードスタンプや電子マネーで用途を絞るなど、工夫が必要。それが現実的なのかどうか。

課題3)ベーシックインカムが導入されると、いまの社会保障はほとんどいらなくなるので、政府機能が大幅に縮小する(縮小しなければ原資がない)。その縮小・リストラへの抵抗がきわめて大きい。例えば、いまの公務員や政府関係者の9割の雇用がなくなるとして、それが政治的に実現可能だろうか。

いっぽう、ベーシックインカムについて、私が課題だと思わないものは、以下のようなものだ。

非課題1)実現するにはカネがかかりすぎる、というコストの問題。これは月に5~7万程度であれば、問題ないと思う。この水準なら、いまの社会保障のほうがはるかにムダが多く、割高なくらいだろう。

非課題2)働かない人にカネを渡していいのか、という労働観・人生観の問題。これは、ベーシックインカムによってむしろクリエイティブな才能が開花し、芸術や科学の成果がより増えるという可能性がかなりあると思う。ベーシックインカムがいわば「奨学金」みたいなものとして機能する。現状でも、給料を払うこと自体が目的になっているような無意味な労働、いわば「バラマキ労働」がかなりあるのだから、それと変わらない。

ベーシックインカムは、社会の仕組みを激変させることになるので、革命でも起こらない限り、それを政治的に実現するのはきわめて困難だろう。よって、基本的には「負の所得税」路線で、所得税制という枠組みのなかで実現するのがいいと思う。

ベーシックインカムの最大の課題は、やはり課題1)だろう。これは、ベーシックインカムの賛同者がもっとも過小評価している課題だと思う。社会のルールが変わると、人間のインセンティブは変わる。働かなくても生きていけるなら、ほとんど誰も働かなくなるという可能性は決して小さくない。

この課題を過小評価することは、ちょうど左翼や社会主義者が、金持ちや企業にいくらでも高い税金を課せばいい、と考えるのと似ている。金持ちや企業に高い税金を課せば、金持ちや企業は海外に流出したり、税金を逃れるための行動に走る。そうなれば、有力な消費者や生産者、投資家が減って、国の税収も減るし、経済全体も沈んでいく。左翼や社会主義者は、この「副作用」をわかっていないか、わかっていたとしても、「正義」のためなら経済が沈んでもいいと考えているように見える。

経済や市場を重視する人は、制度設計が人間のインセンティブに与える影響を重視しているだろう。だとすれば、経済や市場を重視する人であればこそ、「働かなくても生きていける」なら、「ほとんど誰も働かなくなる」のではないか、と推論するのが自然ではないだろうか。

このような理由で、まったく無条件に一定額を渡すという仕組みは、基本的には賛同したいのだが、現実的にはやはりむずかしいだろうと私は考えている。つまり、非課題2)のように、みんなクリエイティブで前向きになればいいのだが、これはおそらく楽観的すぎるだろう。できれば「性善説」を採りたいところだが、現実的には残念ながら、何も生まない人が大半だった、という結果に終わりそうに思う。何も生まないならまだしも、悪事をはたらく人が増えて、社会がより不安定になる可能性すらある。人間が仕事しなくなるとロクなことをしない、というようなことを言った昔の人がいたと思うが、誰の言葉だったろうか。

食うための労働から解放されることがほんとうにいいことなのか、食うための労働から解放されたとき、人間はもっとマシなことをするのかどうかは、むずかしい話だろう。労働というものは、食うための「必要悪」であると同時に、価値を生み出したり生きがいを与える「必要善」でもあるような、両面的で複雑なものだ。ベーシックインカムというのは、その労働という複雑なものと、国や社会が弱者を救済するセーフティネットというやはり複雑なテーマが重なったものだ。これをどう捉えるかという見方には、その人が持っている人間観・社会観・国家観などが強く反映されるだろう。つまり、ベーシックインカムについて議論することは、ベーシックインカムそのものを考えるだけでなく、人間・社会・国家について議論することになる。


関連エントリ:
「必要とされている仕事」と「必要とされていない仕事」
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