2009.11.21
「必要とされている仕事」と「必要とされていない仕事」
「必要とされている仕事」とは、わたしたちが欲しいもの、必要としているものを、作ったり売ったりする仕事である。

形のある商品でもいいし、サービスでもいい。とにかく、わたしたちが欲しい、必要としているものを生み出したり、広める仕事は、「必要とされている仕事」である。

逆に、誰も欲しいと思わず、必要としていないものは、作ったとしても売れない。これは「必要とされていない仕事」である。

世の中には、「必要とされている仕事」と、「必要とされていない仕事」がある。「必要とされていない仕事」には誰もお金を払わないはずなので、本来は存続しえないものだ。しかし、日本には「必要とされていない仕事」がたくさんあり、存続している。

「必要とされていない仕事」が存続しているということは、それに対してお金を払っている人がいるのである。これは不思議なことだ。「必要とされていない仕事」に、誰がお金を払うのだろうか。

「必要とされていない仕事」にお金を払っているのは、政府である。政府は強制力を持っているので、国民から強制的に税金を集めて、「必要とされていない仕事」に払うことができる。

あるいは、政府が直接払うのでなく、「必要とされていない仕事」にお金を払うよう、会社に対して強制している。これが解雇規制であり、それは形を変えた税金である。解雇規制に限らず、日本の多くの規制は機会費用を民間に押しつけるものであり、その意味ではみな形を変えた税金である。

弱者救済は必要だが、「必要とされていない仕事」を無理やり生み出したり維持するという方法は、効率が悪い。それは市場の機能を損ない、人々のインセンティブを歪め、経済成長を阻害してしまう。弱者救済が目的であれば、「必要とされていない仕事」を経由するのではなく、弱者に直接お金を渡したほうがいい。

「必要とされていない仕事」は、弱者救済のために維持されているばかりではない。むしろ弱者でもなんでもない「強者」をたくさん生み出しており、これが最大の問題なのである。「必要とされていない仕事」は、本来なら自然に消えるものを、政府が無理やり維持しているものだ。これが利権、既得権益となって、本当は「必要とされていない仕事」なのに、「必要とされている仕事」なのだという理屈づけがおこなわれる。それで儲かる人にとっては、この既得権益は絶対に手放したくないものだろう。

何が「必要とされている仕事」なのかは、政府が勝手に決めるべきものではなく、必要としているわたしたちが決めるものだ。それが「市場」である。市場から「必要とされていない仕事」をスッキリ一掃し、「必要とされている仕事」だけにすれば、市場は活気あふれたものになり、人々のインセンティブも正常化する。市場は富を創出する場所であり、「必要とされている仕事」が「必要とされていない仕事」に勝つという競争原理が基本なので、弱者救済とはどうしてもソリがあわない(あなたは買い物のとき、欲しくもないものを弱者救済のために買うだろうか?)。弱者救済は市場から切り離し、ベーシックインカムや「負の所得税」などで直接お金を渡したほうがいい。

現状は「必要とされていない仕事」が蔓延しており、そこに弱者救済と既得権益がごちゃまぜに入り込んでいる。日本経済がどんどん沈んでいるのは、この「必要とされていない仕事」のコストに押しつぶされているからだ。おそらくそのコストのほとんどは既得権益であって、弱者救済はあまり機能していない。ほんとうに弱者救済だけを直接やれば、コストはおそらく現状よりも大きく下がるだろう。

「必要とされていない仕事」を維持し、新規参入やイノベーションを阻害しているのは「規制」である。「必要とされていない仕事」に場が占拠され、「必要とされている仕事」が入って来れないのだ。規制を取り払って、さまざまな機会費用から解放されれば、日本経済にはいくらでも成長の余地がある。機会費用は「見えないもの」なので、目に見えるコストに比べると、その障害に気づきにくい。規制に慣れてしまうと、その規制がない状態を想像できなくなるのだ。

いまの日本に希望がないのは、要するに「公正(フェア)ではない」からだろう。雇用の「身分制度」がその最たるものだ。「必要とされていない仕事」を政府が無理やり維持しているために、そのコストによって、「必要とされている仕事」が締め出されている。

「必要とされていない仕事」にお金を払っているのは政府だが、そのお金はわたしたちの税金だから、結局はわたしたちが払っている。わたしたちは政府を通じて、「必要とされていない仕事」を無理やり「買わされている」のだ。

「必要とされていない仕事」が多くなればなるほど、わたしたちは税金をたくさん取られて、「必要とされている仕事」に出せるお金は少なくなっていく。これを解決するには、「必要とされていない仕事」をなくすしかない。

わたしたちは店に行ったとき、欲しいものだけを買い、欲しくないものは買わない。それがあたりまえであり、自然な判断である。そのあたりまえで自然な判断が集まったものが「市場」である。よって、「必要とされていない仕事」というものは本来、市場に存在する余地がないのだ。「必要とされていない仕事」がたくさんあるということは、それだけ政府が市場にたくさん介入していることを意味する。


関連エントリ:
日本の問題は「市場の失敗」でなく「政府の失敗」
http://mojix.org/2009/08/29/nihon_no_mondai
「小さな政府」の考え方
http://mojix.org/2009/07/28/small_gov_thought
解雇規制や、国による大会社の救済はなぜうまくいかないのか
http://mojix.org/2009/07/04/kaikokisei_kyuusai