2008.10.18
フェアな競争こそが、価値と生産性を引き出す
下請けと非正規雇用は似ている。いずれも、「コストとリスクのしわ寄せ先」になっているからだ。

これは、日本では正社員の雇用調整(賃下げ、解雇)が困難なため、その「調整弁」になっている面が大きい。会社の業績が下がり、人件費を切り詰める必要が生じたとき、正社員では調整できないので、あらかじめ下請けと非正規雇用のワクを多く取っておき、そこで調整するわけだ。

IT業界に見られる多重下請け構造では、元請けの会社は「下請けに仕事を流してピンハネ」するだけの存在になりやすい。これでは「仕事をとってくる」という付加価値しか生み出しておらず、ほとんど営業部門みたいなものだ。

しかしこれは、元請けのモラルが低いというよりも、正社員の雇用調整が自由にできないことが原因だ。もし自社で正社員をどんどん採用できるなら、自社でやったほうが生産性も高いし、ノウハウも貯まる。

正社員の雇用調整ができないことが、多重下請け構造の非効率と、元請け・下請けの格差を生む。この元請け・下請けの格差はそのまま、そこに勤めている社員への待遇格差になる。

そして、こうした多重下請け構造の末端の会社は、人員を派遣するだけの人足商売になりやすい。この末端の会社では、いろいろな会社、いろいろなプロジェクトに人員を派遣することで、雇用調整のリスクを分散している。人足商売とはいわば、「雇用調整のリスクを引き受けるというビジネスモデル」なのだ。多重下請け構造の末端が、派遣会社のようになりやすいのは構造的必然といえる。

そしてこのリスクは、最終的にはそこに勤める社員が引き受けている。多重ピンハネの末に待遇が下がっているし、現場でも格下なので肩身が狭く、しょっちゅう仕事が変わるのでノウハウも貯まらない。こうなると正社員かどうかはあまり意味がなく、いわゆるワーキングプア状態だ。

同じ会社内での正規雇用・非正規雇用の格差はよく問題になるが、多重下請け構造における「会社の格差」も、こうして見ると似た構図だということがわかる(構造の末端はほとんど派遣会社だ)。

人材も会社も、競争力でなく「身分」で決まってしまっている。これはフェアではない。競争力が評価されず、「身分」で決まってしまうのなら、身分の高い者は努力しなくなるし、身分の低い者もバカらしくて努力しなくなる。どちらも努力しなくなるので、これでは価値を生み出す人がいなくなってしまう。

こうした不条理な格差が、働く人のモチベーションを下げ、労働力の流動性を下げ、日本の産業全体の生産性を下げている。この格差、「身分制度」の根源に、「正社員の雇用調整ができない」ということがあるのだ。

しかしこれを解決するために、「雇用を守れ」と叫んだり、雇用規制を強化してしまっては、むしろ逆効果になる。人も会社も、強制によって動かすことはできないからだ。

私は下請けや非正規雇用の立場の人に共感する気持ちがあるが、雇用を守れ、雇用規制を強化せよといった考え方には賛成できない。それは反市場的な方向で、事態をむしろ悪化させてしまう。会社に雇用を強制するのではなく、セーフティネットは会社の「外」に置き、会社は自由に競争させるべきなのだ。

フェアな競争こそが、価値と生産性を引き出す。それは人も会社も同じだ。

「身分制度」の不平等を生んでいるのは競争ではなく、むしろ競争の不足だ。競争や市場を嫌い、「お上」の規制や保護に期待する弱い気持ち、いわば「甘え」が、その構造を生み出したのだ。

もし日本だけは「競争しない社会」にしたとしても、世界との競争は避けられない。日本が「競争しない社会」になれば、日本全体が負けるのだ。


関連エントリ:
日雇い派遣の現場の声 「日雇い派遣っていう選択肢がなくなるのは迷惑」
http://mojix.org/2008/10/06/hiyatoi_voice
城繁幸氏の論考 「貧困ビジネスで稼ぐ連中」
http://mojix.org/2008/09/28/joe_hinkon
セーフティネットは会社の外に置き、「身分制度」をなくせ
http://mojix.org/2008/06/14/break_employment_hierarchy
雇用規制をこれ以上強めれば、日本は本当に終わる
http://mojix.org/2008/06/13/no_more_regulation
IT産業を呪縛する 「変われない日本」
http://mojix.org/2008/06/02/kawarenai_nihon