2009.09.29
ドイツ総選挙でリバタリアン政党のFDPが躍進、メルケルのCDUと中道右派連立政権へ
asahi.com - 独総選挙、右派が勝利 大連立解消、メルケル首相続投へ(2009年9月28日10時35分)
http://www.asahi.com/international/update/0928/TKY200909280060.html


写真:ベルリンのキリスト教民主同盟(CDU)党本部で27日、花束を手に喜ぶメルケル首相=ロイター

<【ベルリン=金井和之】27日投票のドイツ連邦議会(下院、基本定数598)選挙は即日開票された。選挙管理委員会発表の暫定開票結果によると、メルケル首相率いるキリスト教民主・社会同盟(同盟)が第1党を確保、同盟との連立方針を決めている自由民主党(FDP)の議席数と合わせ過半数を獲得した。
 両党は連立協議に入る。同盟と中道左派の社会民主党(SPD)の05年からの大連立は解消され、11年ぶりの中道右派政権樹立、メルケル氏の首相続投が確実になった。
 久々の右派政権が誕生すれば、市場重視の経済政策や原発維持など政策の方向転換が進みそうだ。また、国内政治基盤が強化されたことで、メルケル氏の影響力は、国内だけでなく、欧州連合(EU)内でも強まるとみられる。
 暫定開票結果によると、同盟の得票率は33.8%(獲得議席239)でFDPは14.6%(同93)。この4年間、同盟と大連立を組んだSPDは、23%(同146)。シュレーダー前政権でSPDと連立を組んだ90年連合・緑の党は10.7%(同68)、旧東ドイツ政権党の流れを組む左派党は11.9%(同76)>。

日経ネット - 独経済界は減税に期待 メルケル首相勝利、保守・中道連立へ(2009.9.28 13:32)
http://www.nikkei.co.jp/news/kaigai/20090928AT2M2702B28092009.html

<【ベルリン=瀬能繁】ドイツの連邦議会選挙を受け、メルケル首相が率いる保守系のキリスト教民主・社会同盟(CDU・CSU)が中道系の第3党、自由民主党(FDP)と連立協議に入る見通しとなったことで、経済界は減税実施に強い期待を示している。
 FDPは中小企業などの支持者が多く、選挙戦を通じて大規模減税の実施を掲げてきた。ドイツ商工会議所のドリフトマン会頭は「財政規律の維持は前提条件」としつつ、「成長促進策として法人税と相続税の課題に迅速に対応するかがカギを握る」と表明した>。

ドイツの総選挙で、自由主義・リバタリアン政党のFDP(自由民主党、Freie Demokratische Partei)が大きく躍進し、第1党であるメルケルのCDU(キリスト教民主同盟、Christlich Demokratische Union Deutschlands)との中道右派連立政権が決まった。

asahi.comの記事にあるように、2005年からのメルケル政権は、中道右派のCDUと中道左派のSPD(社会民主党、Sozialdemokratische Partei Deutschlands)による「大連立」で、それほど安定してはいなかった(メルケルの「首相就任」の項など参照)。今回の総選挙では、CDUと路線の近いFDPの議席をあわせて過半数に達したため、中道右派の安定政権が可能になった。

今回のドイツ総選挙については、FDPが躍進するという評判や、旧東ドイツ側では左派への支持も強いといった評判などがいろいろあり、個人的に注目していた。結局、FDPが大きく躍進して(得票率は2005年の9.8%から、今回は14.6%まで伸びた)、これがCDUとの連立政権を可能にした。いっぽうこれまで「大連立」を組んでいたSPDは大きく票を減らして、その分が緑の党左派党に流れ、いずれも票を増やした。

連立政権に入るFDP(自由民主党)リバタリアニズムを掲げる政党であり、英語版Wikipediaのページには、党の政治方針は次のようなものだとある。

<the principles of freedom and individual responsibility under a government "as extensive as necessary, and as limited as possible">
(大意:自由と個人の責任を原則とし、政府は「必要なだけの、できるだけ小さい」ものとする)

FDPの党首、ギド・ヴェスターヴェレ(Guido Westerwelle)は、同性愛者としても知られている。党の方針が「小さな政府」の経済成長路線で、かつ党首が個人の自由(思想的・精神的な自由)を体現しているところが、まさにリバタリアニズム的だ。ギド・ヴェスターヴェレはおそらく、この連立政権で要職につくだろうから、同性愛者のリバタリアンが、重要な大臣になるわけだ。まさに快挙である。

ノーラン・チャート」を見ればわかるように、リバタリアニズムは「経済的自由」という点ではいわゆる「保守」に近いが、「個人的(精神的)自由」という点ではいわゆる「リベラル」に近い。リバタリアニズムは「保守」や「右派」に分類されることが多いが、それは基本的に「経済」の文脈においてである。特に日本の「保守」や「右派」の場合、守旧的な価値観の押しつけ&「大きな政府」のバラマキ路線、ということもよくあり、これはリバタリアニズムとはまるで反対なので、注意が必要だ。

ドイツ総選挙でのFDPの大躍進、そしてCDUとの中道右派連立政権が確定というニュースは、リバタリアニズムを支持する人間として、とてもうれしい。またこのドイツでの結果は、日増しに「左傾化」が進んでいる日本に対して、自分たちの進んでいる方向を相対化して見る契機を与えるだろう。

日本では、金融危機によって自由市場や資本主義といったものが疑わしくなったとか、すべてが小泉・竹中改革のせいだといった乱暴な言説がまかり通っている。民主党の大勝利も、こういった「空気」が追い風になった部分もあるし、民主党自体にもそのような傾向の考えが根強いであろうことは、鳩山論文や、菅氏の選挙中の発言などにもあらわれている。

そしてこういった論調では、鳩山論文に象徴されるように、自由市場や資本主義が「アメリカ」とよく重ね描かれる。それが「格差」や「貧困」を生み出す原因であって、それらは全部「ワルモノ」だとして否定されるような傾向がある。小泉自民党のキャッチフレーズだった「小さな政府」「構造改革」といったものも、全部「アメリカ」的な「悪い」考え方だ、といった調子だ。

こういった考え方を信じ込んでいる人は、今回のドイツ総選挙でFDPが大きく躍進し、メルケルのCDUと中道右派連立政権が確定したというニュースを聞いて、どう思うだろうか。FDPは、党の方針自体に「小さな政府」を掲げており、小泉自民党よりも純度の高いリバタリアニズム政党である。

先進国で、日本のように「左傾化」が進んでいる国というのは、私は聞いたことがない。今回のドイツ総選挙の結果は、アメリカではない先進国で、自由市場や経済成長を重視する「小さな政府」路線が支持されたということだけでも、日本が冷静さを取り戻すきっかけとして意味があると思う。鳩山首相は、この結果をどう受け止めるだろうか?

ドイツは国の規模や、歴史、国民気質といったさまざまな点で、日本と近いところがある。そのドイツと日本で、たった1か月違いの総選挙の結果、政策的にはほぼ反対の方向を向いた、安定政権ができた。その2国がこれからどういう政策を打ち出し、経済がどういう経過を辿るのか、比べながら見ていくと面白そうだ。

ドイツはいまや、欧州経済の中心でもある。日本の政治では、もっぱらアメリカや中国の話ばかり出てくるが、ドイツにもっと目を向けてみれば、いまの日本がどういう位置にあり、どういう方向に進んでいるのかが、より明確に見えてくる気がする。


関連:
Deutsche Welle - Merkel set to head new center-right government(2009.9.28)
http://www.dw-world.de/dw/article/0,,4728511,00.html
JBpress - 古き時代の確実性に逃げ込むドイツ(2009年9月22日付 英フィナンシャル・タイムズ紙)
http://jbpress.ismedia.jp/articles/-/1813
Meine Sache ~マイネ・ザッヘ~ - 拷問選挙と世界と日本(2009.8.22)
http://meinesache.seesaa.net/article/126212619.html

関連エントリ:
「大きな政府」論者と「小さな政府」論者
http://mojix.org/2009/09/09/big_gov_small_gov
日本の問題は「市場の失敗」でなく「政府の失敗」
http://mojix.org/2009/08/29/nihon_no_mondai
ドイツの総選挙では、政党選択を助けるサイトをドイツ政府が提供
http://mojix.org/2005/08/30/102548