2009.09.30
日本の雇用問題を解決するには、(1)規制緩和(2)規制強化(3)意識改革 のどれが有効か?
ひさびさに「分裂勘違い君劇場」が更新され、その最新エントリのテーマは「クソ労働環境」だ。

分裂勘違い君劇場 - 人類史上何度も起きた、クソ労働環境の劇的な改善の原因
http://d.hatena.ne.jp/fromdusktildawn/20090928/p1

この「クソ労働環境」という表現は、明らかに「ニートの海外就職日記」の文体を踏まえたもので、残業や長時間労働を強いられるような日本の労働環境を指している。

いつもながら、長いけれども面白く読ませるエントリで、はてなブックマークでもすごい反響のようだ

このエントリでfromdusktildawnさんが言っていることのエッセンスは、私なりの言葉でまとめると、次のようになる。

「技術やビジネスの革新が起きると、それまでの経済的な前提が変わり、労働者により多くの力を与える。クソ労働環境を改善するのはそのような革新や経済成長であり、「友愛」の精神や、政府の規制強化ではない。むしろ、政府の規制強化は技術やビジネスの革新と経済成長を阻害し、労働者を含む国全体を貧しくしてしまう」

これは私にとっても同意できる見方だ。私の知る限り、雇用や経済に関するfromdusktildawnさんの発言はほぼ同意できるものが多いので、基本的な見方がわりと近いのだと思う。

どうすれば「クソ労働環境」を改善できるか、というこの問題については、考え方を大きく次の3つくらいに分けられると思う。

(1)「規制緩和」派:労働規制を緩和して、雇用の流動性を上げ、経済を成長させる
(2)「規制強化」派:労働規制を強化したり、監視を強めたり、違反への罰を重くする
(3)「意識改革」派:労働者や経営者に対して、説得したり、反対の声をあげる

この3分類でいうと、fromdusktildawnさんや私は(1)の「規制緩和」派になる。

いっぽう、「ニートの海外就職日記」の海外ニートさん(注)は、基本的に(3)の「意識改革」派で、いくらか(2)の「規制強化」派の要素もある、という立場だろう。ちょうど「解雇規制の撤廃がもたらす、会社と労働者の力関係のシフト」という最新エントリが出ていて、私が先日書いた「解雇規制は労働者の利益になっているのか?」への応答になっているが、海外ニートさんのスタンスをあらためて確認できる内容になっている。

注)これまで、当ブログでは「クソ仕事さん」と書いていましたが、これは「海外ニート」さんというハンドル名があることを知らず、「kusoshigoto」というURLの先頭要素から取ったものでした。以後は「海外ニートさん」と書きます。

雇用問題に対するこの3つの基本スタンスの違いは、「クソ労働環境」(残業や長時間労働など)をどうすれば改善できるかという問題だけでなく、正規・非正規の格差問題(待遇やキャリアパス、信用などの格差)、新卒至上主義が生むロスジェネや高学歴ワーキングプア、年齢・性別による差別の問題など、雇用にからむほぼすべての問題についても言えるだろう。

私は雇用問題に限らず、日本は一般に国の規制が強すぎて、これが市場取引を減らし、ビジネスの可能性を制約して、経済の足を引っぱっていると考えている(「日本の問題は「市場の失敗」でなく「政府の失敗」」)。製造業派遣禁止、最低賃金引き上げといった労働規制強化の政策はもちろん、国民の大多数が反対なのに強行されたネットの薬販売規制や、ここ連日メディアを騒がせている亀井金融相の「徳政令」なども、その政策の根本にある考え方はすべて同じである。国の権力者が考える「正義」を押し通すために規制を強化するという発想で、私はこれを「規制脳」と呼んでいる。

あらゆる規制が間違っているわけでもないが、あらゆる規制が正しいわけでもない。規制が正しいか、間違っているかによらず言えるのは、規制というものは1)自由を制約し、2)維持にコストがかかる、という2点である。正しい規制であれば、この2つのコストを払う意味があるが、間違った規制の場合、この2つのコストが経済の足をひっぱり、社会全体に損害を与えてしまう。よって、規制をあらたに作る場合は十分に検討する必要があるし、逆に、既存の規制もつねに見なおして、その意義や必要性をつねに問いなおす必要がある。

議論になるのは、何が「正しい」規制なのか、という点だ。ネットの薬販売規制や、亀井金融相の「徳政令」などの場合は、大多数の国民が「間違った」規制だと判断しているようだが、製造業派遣禁止、最低賃金引き上げ、解雇規制といった労働規制の場合、意見が割れる。

ひとまず「クソ労働環境」の改善というテーマに絞って、(1)の「規制緩和」派としての私の考え方をあらためて述べると、次のようになる。

・「クソ労働環境」が生まれてくるのは、モラルを欠く経営者や、文句を言わずに残業するような労働者が間違っている、という考え方も一理あるが、その考えを変えさせるという(3)の「意識改革」アプローチは、まったく無意味ではないにしても、状況を改善するにはあまり有効ではない。
・モラルを欠く経営者や、文句を言わずに残業するような労働者が出てくるのは、解雇規制が企業に課している制約と、その結果である雇用流動性の低さが大きな原因である。
・つまり、問題を生んでいるのは経営者や労働者のモラルや考え方、「精神」という以上に、解雇規制という「制度」である。この「間違った」規制が、経営者や労働者をそのようにふるまわせている。「精神」というより「制度」の問題だという意味で、これは「構造」問題である。
・これを経営者や労働者の「精神」の問題と捉える考え方は、就職できない若者を「能力がない」「社会に適応できない」「だらしない」などと見なす、奥谷禮子氏のような「精神論」と発想が同じである(「マッチョもいろいろ 精神論では何も解決しない」)。これは「間違った」規制が生み出した「構造」問題であって、「精神論」でなく「制度論」が必要なのだ。
・「クソ労働環境」の原因を経営者のみに帰する「経営者ワルモノ論」は、(3)の「意識改革」アプローチを超えて、(2)の「規制強化」アプローチに進みやすい。しかしこれでは、状況をますます悪化させて、「構造」問題をよけい深めてしまう。

このような私の考え方を読んで納得する人は、おそらく(1)の「規制緩和」派の人だけだろう。(2)の「規制強化」派の人は、「それでも規制を強めるべきだ」と思うかもしれない。

「規制強化」派の人はしばしば、その規制によって守られる「正義」が、全体に対してどれだけのコストや不利益をもたらすかを考えない、という場合がある。製造業派遣はダメだと思ったら、とにかくそれを規制で禁止することが「正義」であり、その規制によって失業者が増えるとか、雇用や企業が海外に流出するといった犠牲・コストを考えない。それに気づかないだけであれば単なる無知だが、むしろそれを知った上で、「それでもダメだ」とゴリ押しされることが多い。知った上での「正義」のゴリ押しは、亀井金融相が自分の考えを変えないのと同じく、その本人にとっての「正義」だけが根拠なので、これを理屈でくつがえすのは難しい。

雇用問題については、私は(3)の「意識改革」アプローチ(「精神論」の一種)も特に反対しているわけではない。私が危惧しているのは、海外ニートさんをはじめとして、日本では「経営者ワルモノ論」が根強いので、これが(2)の「規制強化」の支持につながっていきやすい、ということだ。海外ニートさんの場合、雇用の流動性が必要だという点では同じ考えのようなので、立場はそれほど大きく違わないと思っている。

すべての労働者は、会社に対して自分の労働力やスキルを「売っている」。その意味では、労働者も「経営者」なのであり、会社は「顧客」である。経営者をまったく別の人種、憎むべき敵と考えるのではなく、むしろ自分も「経営者」なのだと考えてほしい。「クソ労働環境」とは、いわば自分の労働力やスキルが「安い値段でしか売れない」ということ、「買い叩かれている」ということだ。そのことを、会社という「顧客」のせいにして、「クソ」だと罵っても仕方がない。自分の労働力やスキルが「高く売れる」ように、自分の側が力をつけて、「そんな安い値段では売れないよ」と言えるようになれば、「クソ労働環境」にガマンする必要もなくなる。

これももちろん、見方を変えるという「精神論」に過ぎないので、これだけでこの問題が解決するとは思っていない。しかし、このように経営者の立場で考えてみることで、雇用問題の「構造」が見やすくなると思う。私も雇用問題を意識するようになったのは、自分で会社をやるようになってからだ。日本では、会社に対して強い規制と高い税金がかけられていて、この負担が労働者にシワ寄せされている、という「構造」がよく見えるようになった。私が雇用問題について積極的に書いているのは、この「構造」が原因であることを多くの人に知ってほしいからだ。

海外ニートさんは、<解雇規制の撤廃を主張してるのはほとんど会社、経営者側>と書いているが、むしろ大抵の経営者は、この問題の「構造」に気づいていても、反感を買うことを恐れて、解雇規制というテーマについてはなかなか書けない。私の知る限り、この問題について経営者が実名で発言しているケースは珍しく、それも大抵はベンチャー経営者だ(大企業の経営者は、とてもじゃないが言えないだろう)。政治家やマスコミにとっても、「解雇規制が問題である」などと言えばすごい反発を受けるので、この問題は一種の「タブー」になっている。よって、この問題について比較的発言しているのは、経済学者や労働の専門家などが中心である。しかし、最近はこうしてブログで話題になることも増えてきて、一般人がこの問題に気づき、自分なりに考え、発言する人も増えてきている。この点では、この問題はかなり前進してきたと思う。


関連エントリ:
解雇規制は労働者の利益になっているのか?
http://mojix.org/2009/09/24/kaikokisei_rieki
なぜ日本ではブラック会社が淘汰されないのか 日本は雇用の流動性が低いから、労働者の価値が低い
http://mojix.org/2009/07/09/why_black_company
マッチョもいろいろ 精神論では何も解決しない
http://mojix.org/2009/02/17/macho_iroiro

Update(2009.10.2):
このエントリのはてなブックマークで、fromdusktildawnさんより「私は規制緩和派でない」とのコメントがありましたので、補足します。