2011.02.25
通貨の価値を担保しているものは何か
先月書いた「フェイスブックが仮想通貨を本格展開 ITプラットフォームは「経済圏」へ向かう」というエントリに対して、はてなブックマークでこのようなコメントがあった。

<円天との違いは何だろう。通貨の価値を担保しているのは法を執行する国家権力であって,仮想通貨はその枠組みの上に成り立っている。対立するものという見方は間違い>。

このyoko-hiromさんは、通貨の価値を担保しているものは「法を執行する国家権力」だ、と考えているようだ。ほんとうにそうだろうか?これは通貨というものをあらためて考えるのにいい題材なので、少し書いてみたい。

通貨といえば、国が定めた「法定通貨」のことを指すのが普通だ。日本の場合、「日本の通貨は日本円ですよ」と決められていて、日本円が通貨であることを国が約束している。これだけ見ると、通貨の価値を担保しているものは「法を執行する国家権力」だ、というふうにも思える。

しかし、「Suica」などの電子マネーや、家電量販店などが発行するポイントなども含めて、「通貨」を広い意味で考えれば、どうだろうか。まず、この広義の「通貨」で考えてみよう。

電子マネーや、店のポイントを持っている人は、何を信じて、それをサイフの中に持ちつづけているのだろうか。それがほんとうに「使える」と信じられるのは、どういう根拠によるのだろうか。こうした広い意味での「通貨」の価値を担保しているものは、「法を執行する国家権力」だろうか。

ポイントを発行している店の経営が危うくなって、倒産しそうになったとする。このとき、その店のポイントを持っている人は、どう感じるだろうか。「国がポイントを保護してくれるから、ポイントは安心だ」と思えるだろうか。思えるはずがない。「これはまずい、早くポイントを使ってしまおう!」と思うだろう。

つまり、広い意味での「通貨」の場合、その価値を担保しているものは、その発行体に対する「信頼」である。「通貨」を持つ人は、それを発行する会社や店を信頼していて、その通貨の価値がかんたんに消滅したり、意地悪されて使えなくなったりしない、と信じている。この「信じている」ということが、「通貨」の価値を担保しているのだ。

「信じている」ということが、「通貨」の価値を担保している。この構造は、広い意味での「通貨」だけでなく、国の発行する法定通貨でも、実は同じなのだ。

通常の場合、国家であれば信頼されるが、国家でも信頼されないこともある。ジンバブエハイパーインフレが起きたのは、ジンバブエという国家が発行する通貨が、まったく信頼されなくなったからだ。

つまり、通貨の価値を担保しているものは、「発行体が国家である」ということではなく、やはり「発行体が信頼できる」ということなのだ。通常は、国家のほうが信頼されるという「程度の違い」があるだけで、価値を担保しているものが「法」ではなく、「信頼」であるという点では同じだ。

冒頭のコメントで例にあげられている「円天」を考えてみよう。円天は、一種のマルチ商法に、ポイント制度である「円天」をからめて、独自の「経済圏」を生み出した。

この円天の場合、事件になったから価値がないように思えるが、事件が起きる前は、円天の会員は円天を「信じていた」。この「信じる」ということが、円天の会員にとっては、円天の価値を担保していたのである。円天の価値がなくなったのは、事件を起こしたとか、違法だったからというよりも、円天の会員すら、円天を「信じる」ことができなくなったからだ。

「信じる」ことが価値を担保するという点では、通貨に限らず、株や債券などの金融資産も同じだ。こういう金融資産を持つ人は、それがすぐに紙クズにはならないことを「信じている」。特に株はわかりやすいが、株はふつう、一夜にして紙クズにはならないけれども、その発行体である企業が事件を起こしたり、不正が明らかになれば、ただちに暴落する。その価値の暴落は、まさに「信頼」の暴落である。

「国債」は通貨ではなく、国が発行する債券だが、国が発行していて安心だという点では、通貨に近いところがある。しかし、国が発行していることで無限に信頼できるのであれば、「国債の格付け」というものはありえないだろう。実際には国にも「倒産」があり、だからこそ「国債の格付け」というものがある。

そして、国が発行する通貨も、これと同様である。通貨の交換比率を定める為替レートというのは、その通貨の相対的な価値・強さを示すものだが、この価値・強さの中には、「通貨発行体に対する信頼」も含まれている。

先日、ムーディーズが日本国債を格下げする見通しだと発表した。これは、日本の財政がどのくらい健全か、日本がどのくらい信頼できるか、という評価が下がったことを意味する。日本政府はひどい財政を改善する気がない、と見なされたのだ。これがもっとひどくなると、円という通貨の価値も下がるだろう。

国が発行する法定通貨と、民間企業のポイントや「円天」のようなものは、程度の違いはあっても、「発行体に対する信頼」で成り立っている点では同じなのだ。

日本円の価値を担保しているものは、それが日本の法定通貨だということではなく、それを発行する日本という国に対する信頼である。いまのところ、日本は世界から信頼されていると言えるが、ムーディーズのような格付け機関が日本を格下げするということは、その信頼が少し下がっていることを意味する。

これから日本の政治がますますひどくなり、仮にジンバブエのようになれば、いくら日本円は法定通貨だと言っても、その価値は消滅するのだ。

企業が通貨を発行する時代 通貨という「プラットフォーム」」や「フェイスブックが仮想通貨を本格展開 ITプラットフォームは「経済圏」へ向かう」といったエントリでは、GoogleやFacebookといった企業が発行する「通貨」の可能性について書いた。ここで私が言いたかったことは、日本が規制強化のほうへ進めば、日本はITプラットフォームの進化がもたらす「新しい世界」から脱落してしまい、国の競争力を失いかねないということだ(愚かな判決もしかり)。いっぽうで、この「新しい世界」の担い手であるIT・ネット企業はグローバルな存在なので、ビジネスを展開しやすい国を選ぶし、場合によってはツバルのような小国と組むことすら考えられる。

このような観点から見ると、日本の法定通貨である日本円がどんどん弱くなり、いっぽうでGoogleやFacebookなどの企業が発行する「仮想通貨」がどんどん強くなる、というのはじゅうぶん考えられると思う。

仕事や生活に占めるIT・ネットの比重は、ますます高まっている。この「脱物質化」の傾向は、文明や人類史のスケールで見ればおそらくまだ始まったばかりで、今後ますます加速していくだろう。この「新しい世界」を理解せず、受け入れない国は滅びていくだろうし、それを推進する企業はますます栄えるだろう。


関連エントリ:
フェイスブックが仮想通貨を本格展開 ITプラットフォームは「経済圏」へ向かう
http://mojix.org/2011/01/28/facebook-money
百貨店「友の会」の積み立ては「高利回り」なのか?
http://mojix.org/2010/09/21/tomonokai-rimawari
企業が通貨を発行する時代 通貨という「プラットフォーム」
http://mojix.org/2010/01/04/company_money
ジンバブエの超高額小切手
http://mojix.org/2009/01/08/zimbabwe_check