2012.08.30
65歳まで企業に雇用義務づけ 高年齢者雇用安定法改正案が29日成立
日本経済新聞 - 65歳まで雇用、企業身構え 義務付け法 29日成立(2012/8/28 23:53)
http://www.nikkei.com/article/DGXNASDF2800Y_Y2A820C1EA2000/

<60歳の定年後も希望者全員を雇用することを企業に義務付ける高年齢者雇用安定法改正案が29日、成立する。来年4月から厚生年金の受給開始年齢が引き上げられるのに対応し、定年後に年金も給料も受け取れない人が増えるのを防ぐ狙い。2025年度には65歳までの雇用を義務づける。企業は継続雇用の対象者を能力などで絞り込めなくなるため、負担増に備え対応を急いでいる。
 28日の参院厚生労働委員会で民主、自民、公明などの賛成多数で可決。29日に参院本会議で可決、成立する見通しだ>。

企業は、正社員を65歳まで雇用しなければならなくなる。これでは、ますます正社員の採用は減るだろうし、正社員の給料も下がるだろう。起業する人も減るだろうし、起業しても、できるだけ正社員を雇わないようにするだろう。

日本は正社員の解雇がむずかしく(解雇規制)、これが雇用格差や若年者失業をはじめ、さまざまな問題を引き起こしている。65歳まで雇用を義務づければ、これらの問題がさらに悪化するだろう。

<コスト増以上に、能力の低い従業員も雇用しなくてはならず労働生産性が下がると懸念する声も多い。第一生命経済研究所の熊野英生首席エコノミストは「人件費の増加を防ぐため能力の高い高齢者の賃金まで企業が一律に抑制しかねない」と警鐘を鳴らす。
 高齢者の雇用が増える結果、企業が若年者の雇用を抑える可能性もある。「高齢者と若者のワークシェアなど柔軟な働き方を進めていく必要がある」と高年齢者雇用コンサルティングの金山驍社会保険労務士は指摘している>。

その通りだろう。日本では、能力の低い従業員でも、クビにするのがむずかしい。これは、国が企業に対して社会保障の役割を押しつけているからだ。社会保障やセーフティネットは、ほんらい国の役割である。これを企業に押しつけているために、日本の企業はなかなか成長できないし、起業家もあまり出てこない。

雇用とは本来、労働力の市場取引である。市場取引では、互いにメリットがあれば取引し、メリットがなければ取引しない。強者と弱者の取引であっても、それは変わらない。大資本のスーパーで買い物したとしても、それは大資本に搾取されているのではなく、買い物にメリットがあるからそうしているだけのことだ。メリットがなければ買い物しない。

この市場取引において、弱者を守るつもりで、強者に対して規制で制約を課せば、どうなるか。取引コストが上昇して、強者は取引を控えることになる。これで取引の総数は減ってしまうので、弱者も困ることになるのだ。日本の雇用で起きているのは、まさにこれである。雇用という市場取引で強者を制約しても、弱者を守ることにはならないのだ(関連:「セーフティネットは必要だが、市場を規制してもセーフティネットにはならない」)。

大企業の過剰な子会社構造や、多重下請け構造なども、「企業への社会保障押しつけ」に適応したものという側面がある。企業の業績はつねに変動するのに、正社員は解雇も減給もむずかしい。しかし外注や非正規雇用であれば、業績の変動にあわせて「調整」できる。だから、正社員を増やさずに、外注や非正規雇用を増やすのだ。大企業にとって、子会社や下請け、外注、派遣といったものは、コストやリスクの「しわ寄せ先」になっている面がある。

正社員は解雇も減給もさせないという「企業への社会保障押しつけ」に、そもそも無理がある。社会保障やセーフティネットは国が提供し、企業は解雇も自由にすべきなのだ。社会保障で重要なのは、「仕事」を守ることではなく、「人」を守ることだ。


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