2010.04.21
日本では会社と社員が「密結合」であり、人材が「入れ替え可能」な「モジュール」になっていない
ニュージーランド在住のソフトウェアエンジニア・りもじろうさんが、カナダとニュージーランドのIT企業について、次のように書いている。

住みたいところに住める俺 - ソフトウェアのアウトソース
http://remote.seesaa.net/article/146303192.html

<私が働いていたカナダのベンチャーもNZのテレコム系の会社も下請け、孫受けである。
どちらもインフラ系のシステムで、業務内容が大規模、複雑で仕様が比較的安定しているためか、仕様書ベースでのシステム納品を行っている。ウェブサービスのスタイルとは違う。
しかし、下請けといっても日本のそれとはかなり違っていることが経験してみて分かった。

・上から下への丸投げはない。
・社員の給料は上も下もそれほど変らない。
・勤務時間も変らない。
・休日数も変らない。
・上から下、下から上への人の異動(転職)も頻繁に起こる。
・なので上だから偉いと勘違いして威張っている人もいない。

下へ行くほどコンポーネント開発であり、上にいくほど設計規模が大きくなるという守備範囲の違いがあるだけだ>。

<というわけで下に行くほど奴隷的扱いの日本式下請けとは随分と違う印象である。
そのため仕事がほしいから、何が何でも安く受注するということもなく、価格以外にシステムのアーキテクチャ、パフォーマンス、メンテナンス性などの性能ベースに他社と競争することで受注競争に勝つというスタイルである。
NZの会社は自分たちのシステムをシンガポールなどに売り込みにいったりもしており、現在の発注会社べったりというわけでもないし、人の派遣などもない>。

<従業員が上も下もほぼ同等の扱いなので、安く受注して死ぬほどサービス残業させるというスタイルで仕事を押し付けられない。
そんなことをしてしまえば社員は一瞬で居なくなるので経営者にとって、そういう選択肢は存在しない。
なので、受注が減って経営が厳しくなると上だろうが下だろうがレイオフするだけだ>。

<会社間も会社と社員の関係もあくまでも疎なのであった>。

日本では、顧客・元請けが上位で、下請け・孫請けが下位という序列、「ヒエラルキー」があるが、カナダやニュージーランドでは「守備範囲の違い」があるだけ、ということらしい。

会社が社員に残業を押しつけようとすれば、社員はすぐにいなくなる。いっぽう会社の側も、経営が厳しくなれば社員をすぐにレイオフする。会社と社員の関係が「疎」だ、と書かれている。

この「疎」という言い方はITの世界でよく用いられる表現で、部品どうしの結びつきが「ゆるい」こと、部品を別のものに「交換」しやすい設計になっていることを指す。会社と社員の関係が「疎」だということは、会社から見ても、社員から見ても、その関係が「ゆるい」もので、関係を切りやすい、ということだ。

日本はこれと反対に、会社と社員の関係が「密」になっている。その理由は、会社と社員は一体であるべきだという社会的なコンセンサスが強いだけでなく、会社側は社員をクビにできないという制度(解雇規制)に起因している。企業は正社員をクビにできないので、正社員をなかなか採用できない。よって雇用の流動性が低下し、社員は転職がむずかしくなり、「会社をやめられない」ということになる。会社側がクビにできず、社員側がやめられないために、会社と社員が「密結合」になってしまっている。

日本では、人材が「入れ替え可能」な「モジュール」になっていないのだ。むしろ、「一生面倒を見る」という「家族のような運命共同体」に近い。

「家族のような運命共同体」が好きな経営者もいる。そういうのが好きな経営者が、自らそうするのはまったく問題ない。しかし日本では、制度によってこれを全ての会社に強制してしまっている。運命共同体や終身雇用そのものが悪いのではなく、それを制度が「強制」してしまっていることが問題なのだ。

これによって、日本企業は「いまいる人をクビにして、もっと適任な人を採用する」という選択肢が取れず、「いまいる人をなんとかして使う」しか道がなくなる。「疎結合」スタイルの経営ができず、「密結合」を強制されてしまうのだ。

こうなると、「使えない人材」をある程度抱えていてもやっていけるような、かなり余裕のある企業しか生き残れなくなる。「クビを切らない」ということは、企業が一種の社会保障を提供しているのと同じことで、これも企業に対する一種の「税金」である。経営に対する制約・負担という意味では、この「税金」は法人税よりもむしろ重いくらいだ。このコスト、敷居の高さによって、体力のある大企業だけが生き残り、体力のない中小企業は滅びるという「生存バイアス」が生まれる。

ここで言っている「生存バイアス」は、優れたビジネスをおこなっている企業が生き残るという、本来の意味の「生存競争」とは異なる。むしろ、「高い税金」によって生存の閾(しきい)値が高くなり、大規模なものだけが生き残ってしまうという「ふるい」のようなものだ。これは起業やイノベーションを潰す方向に作用し、現状ですでに規模の大きい「守旧派」を有利にしてしまう。

この「大企業生存バイアス」によって、志望する側にも「大企業志望バイアス」が生まれる。これによって、大企業はいい人材を優先的に採用することができ、中小企業はその「おこぼれ」をもらうという構造になる。こうして大企業はますます強くなり、安全度(生存率)の点でも、給与・待遇の点でも、企業規模による序列が生じる。いわゆる「多重下請け構造」は、その序列をまさに具現化したものだ。その序列の頂点に、倒産のない「政府」があり、そこで働く「公務員」が最高の「身分」となる。この「身分」に、住宅ローンや賃貸住宅の「与信」まで加わって、勤め先による序列がまさに「社会階層」を形成する。

このような序列、「身分」が生じる根本原因は、税金と規制をあわせた有形無形の「高い税金」によって、政府が企業から多くのカネを吸い上げているという構造、その「カネの流れ」にある。命令は上から下に向かい、カネは下から上に向かうのだ。こうしてカネが政府に集中してくるので、なるべく政府の近くにいたほうが生存に有利になる、という仕組みである。

日本の「中央集権」構造では、権力が中央に集中するだけでなく、「カネ」も中央に集中する。この「中央集権」構造をやめて、権力やカネを分散させようというのが「小さな政府」であり、「地方分権」「地域主権」である。

いまの鳩山政権は、「地域主権」や「新しい公共」といった「小さな政府」の方向も含まれているが、郵政再国有化や規制強化など「大きな政府」路線が基調で、混乱している。政治主導はいいとしても、それによって「中央集権」型の制度設計、その「アーキテクチャ」を解消したいのか、強化したいのかが見えてこない。

よく話題になる「ブラック企業」問題も、個々の経営者のモラルという以上に、企業に「密結合」を強制してしまっている日本の制度設計が根本原因だろう。企業は「クビにしない」というコスト、「一生面倒を見る」という社会保障を提供するかわりに、社員の側も「家族のような運命共同体」としてのふるまい、残業・休日返上を求められるわけだ。そうしないと、企業側は「割に合わない」のである。

社員の側が「家族のような運命共同体」はゴメンだ、残業や休日返上はイヤだ、と思っているのと同様に、会社の側も「家族のような運命共同体」はゴメンだ、「ダメな社員はクビにして、もっと適任な人を採用したい」と思っているのだ。

「ブラック企業」を叩いている人が、企業に対する規制をもっと強化すべきだ、と主張しているのをよく見かけるが、まさに「企業の側だけ規制を強化した」結果が、いまの日本の雇用問題を生じているのである。「ブラック企業」を叩く声が高まり、政府がさらに規制を強化すれば、ますます「密結合」が強制され、問題はさらに深刻になるだろう。

正しい解決は、政府が「密結合」を強制することをやめて、「密結合」でも「疎結合」でも、好きな設計を自由に選べるようにする、ということなのだ。

関係を「強制」するから、不満がたまるのだ。関係を「自由」にすれば、互いの自発的な意思によってのみ、関係が継続される。「自由」な関係においては、関係が続いているということ自体が「両思い」を意味しているのだ。

市場取引とは、本来そのような「自由」な関係であり、互いに合意した「両思い」の場合にのみ、取引が成立する。会社と社員の雇用関係も、本来はそのような市場取引、「自由」な関係であるはずなのだ。日本の場合、そこに政府が割って入り、関係を「強制」してしまっている。これがすべてをおかしくしているのだ。

雇用に限らず、「よいもの」を政府の「強制」によって作り出したり、維持しようとする「計画経済」的な発想から国民が脱却できていないことが、さまざまな問題の根本原因だろう。「よいもの」は、「自由」な関係からなる民間の市場取引、すなわち「市場経済」から自然に生まれてくるのだ。


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