解雇規制が正社員を「身分」にしている
日本維新の会の公約に「最低賃金廃止」「解雇規制緩和」が盛り込まれ、これに対して大きな批判が起きているようだ。フリーライターの宮島理氏は、この批判は「日本人は仕事ではなく身分を欲しているからだ」として、維新の改革案を擁護している。
フリーライター宮島理のプチ論壇 - 仕事ではなく身分が欲しい日本人(2012/12/1)
http://miyajima.ne.jp/index.php?UID=1354326019
<非正規・正規の公平性、解雇規制緩和、最低賃金制廃止といった労働市場制度改革は正攻法である。しかし日本では支持されない。なぜなら、日本人は仕事ではなく身分を欲しているからだ>。
<日本維新の会の言う通りに労働市場制度改革を実行すれば、正社員の立場は不安定になるだろう。一方で、最低賃金廃止と解雇規制緩和により雇用は増える。若年層やリストラ中高年層のチャンスも大きくなる。また、非正規・正規の公平性が実現すれば、非正規が昇給・昇進する道も開ける>。
<ところが、労働市場制度改革は確実に雇用を増やすのに、なぜか日本では支持されない。それは、日本人の多くが仕事ではなく身分を欲しているからだと思う。つまり、現在の正社員のように身分として雇用と収入が安定していることが重要なのであって、それ以下の収入や不安定な雇用については、「何の足しにもならない」と考えられている。もちろん、「やりたい仕事をやるためなら……」という発想は希薄だ>。
私は日本維新の会を支持したい気持ちは少なくなっているが、維新が「解雇規制緩和」を公約に入れたことは、大いに評価したい。「解雇規制緩和」は「維新八策」にも入っていたが、これが公約まで残ったわけだ。
これまでもたびたび書いてきたように、解雇規制こそ日本の構造的ボトルネックの中でも最強の「大ボス」であり、これを緩和・撤廃することは、日本でもっとも重要な政策であると私は考えている。宮島氏のエントリを補足するかたちで、私の考えをあらためて書いてみたい。
解雇規制の緩和・撤廃論に対する反発の大半は、「解雇が自由になったら、みんなクビにされてしまうのではないか」という漠然とした不安に発するものだと思う。
解雇が自由になっても、給料以上に価値を生み出している人、「ペイしている人」であれば、会社はクビにする理由がない。解雇が自由になったときにクビになるのは、「ペイしていない人」、つまり給料以上の価値を生み出していない人だ。よって、解雇の自由化に反対する人というのは、「給料以上の価値を生み出していない人でも、会社はクビにするな」と主張していることになる。
日本の解雇規制というのはまさに、「給料以上の価値を生み出していない人でも、会社はクビにするな」という仕組みである。いわば「会社のセーフティネット化」だ。解雇規制の緩和・撤廃論に反発が大きいのは、この「会社というセーフティネット」がなくなることに対する不安だろう。
弱者を支えるセーフティネットは必要である。しかし、「会社のセーフティネット化」は間違いだし、きわめて弊害が大きいのだ。これが私の考えであり、解雇規制の緩和・撤廃論者の大半も同じ考えだと思う。ブレア政権のブレーンだった社会学者、アンソニー・ギデンズも同じ考えだし、北欧のフレキシキュリティ政策も同じ考え方にもとづいている。欧州では中道左派ですら、会社に雇用責任を負わせようという考え方はしないようだ。
冒頭の宮島氏のエントリでは、正社員の「身分」がキーワードになっている。解雇規制の緩和・撤廃論に反発が大きいのは、日本人は仕事を求めているのではなく、正社員という「身分」を求めているからではないか、というのが宮島氏の見方である。
正社員という「身分」については、私も以前に何度か書いたことがある。、
解雇規制、職業の「身分制度」、「与信」の関係
http://mojix.org/2009/04/04/kaikokisei_yoshin
<「身分制度」というのは、実力や努力でなく「身分」で決まるような社会だ。身分が高ければ、実力もなく、努力しなくても安泰で、逆に身分が低ければ、実力があり、努力しても報われない。それが「身分制度」だ。解雇規制というのは、前者のような人であっても解雇できないという仕組みだ。会社は前者のような人を解雇できないので、後者のような人を雇い入れる余裕がない。つまり、解雇規制が「身分制度」を支えているのだ>。
職業の「身分制度」が支える日本の「与信」
http://mojix.org/2009/04/03/mibunseido_yoshin
<日本では、公務員や大企業の社員であれば、賃貸で部屋を借りたり、住宅ローンを借りたり、クレジットカードを作ったりするのにも、何も問題がない。しかし、零細企業や自営業者、派遣・フリーターなどの場合、そうはいかない>。
<日本では「どこに勤めているか」という「身分」が、そのまま「信用」になっている。そこに厳然たる「身分制度」があるのだ>。
この「身分制度」を支えているのが、解雇規制なのである。公務員や大企業の社員が高い「身分」になるのは、職場が倒産する確率がゼロまたは低くて、かつその職場をクビにならないからなのだ。住宅ローンを貸す銀行やクレジット会社から見れば、その人の会社が倒産せず、かつその人が会社をクビにならずに、定年まで給料が保障されている、ということが「格付け」になるわけだ。
もし解雇が自由化されれば、つねにクビになるリスクがあるので、この「身分制度」は崩壊するだろう。私は、この「身分制度」はフェアではないので、崩壊させるべきだと思っている。その「身分制度」を支えるのが解雇規制なのだから、これを緩和・撤廃すべきだと考えているのだ。
解雇規制の緩和・撤廃論に反発する人の中には、いまこの「身分制度」によって恩恵を受けているので、それを崩壊させたくない、という人もいるだろう。「身分」を手放したくない、という既得権益者による抵抗であり、いわば「確信犯」である。「確信犯」に対しては、私は何も言うことはない。
私が説得したいのは、「確信犯」ではないのに、解雇規制の緩和・撤廃に不安を感じている人たちだ。解雇規制の弊害・デメリットと、解雇を自由化するメリットについては、これまでにたくさん書いてきたので、まずは以下のエントリを読んでみてほしい。
「かんたんにクビにできる」ようにしたほうがうまくいく
http://mojix.org/2012/10/13/kantan-kubi
解雇規制をツイッターにたとえると、「いったんフォローした人は、リムーブできません」
http://mojix.org/2011/07/27/kaikokisei-twitter
解雇規制は雇用を減らしている
http://mojix.org/2010/11/09/kaikokisei-herasu
失敗できない日本
http://mojix.org/2010/03/07/shippai_dekinai
これ以外にも、タグ「解雇規制」に関連エントリがたくさんあるので、読んでみてほしい。この問題の主要なポイントは、会社に解雇を禁じると、会社は採用を減らすので、雇用の流動性がなくなるという点だ。雇用の流動性がないと、転職がむずかしくなるので、正社員という「身分」から外れた人は、正社員になりにくくなる。これで「身分格差」が固定化してしまうわけだ。
雇用の流動性がない現状の日本では、「身分」が高いはずの正社員ですら、転職がむずかしいために、悪条件でもガマンして働く、ということになりやすい。これが「ブラック会社」の一因にもなっている。悪条件でも会社を辞められないのだ。解雇規制をなくして、雇用の流動性が増せば、転職が容易になり、ダメな会社を辞めやすくなる。労働者だけでなく、会社にも市場原理がはたらいて、ダメな会社は労働者を調達できなくなるのだ。
ほんとうに特権的な「身分」を欲していたり、それを維持したいために、解雇規制の緩和・撤廃に反対しているような人は、少数派であると私は信じたい。その「身分」のコストは、その「身分」を得られない人が払っているのだ。どう考えても、この「身分制度」はフェアではない。
ちなみに、解雇規制の緩和については、みんなの党も公約に入れている(<新卒採用の可否によって人生が決まる雇用慣行を是正。正社員の整理解雇に関する「4要件」を見直し、解雇の際の救済手段として金銭解決を含めた解雇ルールを法律で明確化する>とある)。みんなの党は維新ほど目立たないせいか、こちらは叩かれていないようだが‥。
関連:
J-CASTニュース - 「最低賃金撤廃」「解雇規制の緩和」 「維新の会」公約は「暴論」なのか(2012/11/30 19:21)
http://www.j-cast.com/2012/11/30156285.html
関連エントリ:
「40歳定年制」はどこがおかしいか
http://mojix.org/2012/08/03/40sai-teinen
解雇規制のコストを負担しているのは誰か
http://mojix.org/2011/05/24/kaikokisei-cost
アンソニー・ギデンズ「急速に社会が変化している時代には、『仕事』を守るのではなく、『人』を守らなければならない」
http://mojix.org/2009/06/18/giddens_shigoto
フリーライター宮島理のプチ論壇 - 仕事ではなく身分が欲しい日本人(2012/12/1)
http://miyajima.ne.jp/index.php?UID=1354326019
<非正規・正規の公平性、解雇規制緩和、最低賃金制廃止といった労働市場制度改革は正攻法である。しかし日本では支持されない。なぜなら、日本人は仕事ではなく身分を欲しているからだ>。
<日本維新の会の言う通りに労働市場制度改革を実行すれば、正社員の立場は不安定になるだろう。一方で、最低賃金廃止と解雇規制緩和により雇用は増える。若年層やリストラ中高年層のチャンスも大きくなる。また、非正規・正規の公平性が実現すれば、非正規が昇給・昇進する道も開ける>。
<ところが、労働市場制度改革は確実に雇用を増やすのに、なぜか日本では支持されない。それは、日本人の多くが仕事ではなく身分を欲しているからだと思う。つまり、現在の正社員のように身分として雇用と収入が安定していることが重要なのであって、それ以下の収入や不安定な雇用については、「何の足しにもならない」と考えられている。もちろん、「やりたい仕事をやるためなら……」という発想は希薄だ>。
私は日本維新の会を支持したい気持ちは少なくなっているが、維新が「解雇規制緩和」を公約に入れたことは、大いに評価したい。「解雇規制緩和」は「維新八策」にも入っていたが、これが公約まで残ったわけだ。
これまでもたびたび書いてきたように、解雇規制こそ日本の構造的ボトルネックの中でも最強の「大ボス」であり、これを緩和・撤廃することは、日本でもっとも重要な政策であると私は考えている。宮島氏のエントリを補足するかたちで、私の考えをあらためて書いてみたい。
解雇規制の緩和・撤廃論に対する反発の大半は、「解雇が自由になったら、みんなクビにされてしまうのではないか」という漠然とした不安に発するものだと思う。
解雇が自由になっても、給料以上に価値を生み出している人、「ペイしている人」であれば、会社はクビにする理由がない。解雇が自由になったときにクビになるのは、「ペイしていない人」、つまり給料以上の価値を生み出していない人だ。よって、解雇の自由化に反対する人というのは、「給料以上の価値を生み出していない人でも、会社はクビにするな」と主張していることになる。
日本の解雇規制というのはまさに、「給料以上の価値を生み出していない人でも、会社はクビにするな」という仕組みである。いわば「会社のセーフティネット化」だ。解雇規制の緩和・撤廃論に反発が大きいのは、この「会社というセーフティネット」がなくなることに対する不安だろう。
弱者を支えるセーフティネットは必要である。しかし、「会社のセーフティネット化」は間違いだし、きわめて弊害が大きいのだ。これが私の考えであり、解雇規制の緩和・撤廃論者の大半も同じ考えだと思う。ブレア政権のブレーンだった社会学者、アンソニー・ギデンズも同じ考えだし、北欧のフレキシキュリティ政策も同じ考え方にもとづいている。欧州では中道左派ですら、会社に雇用責任を負わせようという考え方はしないようだ。
冒頭の宮島氏のエントリでは、正社員の「身分」がキーワードになっている。解雇規制の緩和・撤廃論に反発が大きいのは、日本人は仕事を求めているのではなく、正社員という「身分」を求めているからではないか、というのが宮島氏の見方である。
正社員という「身分」については、私も以前に何度か書いたことがある。、
解雇規制、職業の「身分制度」、「与信」の関係
http://mojix.org/2009/04/04/kaikokisei_yoshin
<「身分制度」というのは、実力や努力でなく「身分」で決まるような社会だ。身分が高ければ、実力もなく、努力しなくても安泰で、逆に身分が低ければ、実力があり、努力しても報われない。それが「身分制度」だ。解雇規制というのは、前者のような人であっても解雇できないという仕組みだ。会社は前者のような人を解雇できないので、後者のような人を雇い入れる余裕がない。つまり、解雇規制が「身分制度」を支えているのだ>。
職業の「身分制度」が支える日本の「与信」
http://mojix.org/2009/04/03/mibunseido_yoshin
<日本では、公務員や大企業の社員であれば、賃貸で部屋を借りたり、住宅ローンを借りたり、クレジットカードを作ったりするのにも、何も問題がない。しかし、零細企業や自営業者、派遣・フリーターなどの場合、そうはいかない>。
<日本では「どこに勤めているか」という「身分」が、そのまま「信用」になっている。そこに厳然たる「身分制度」があるのだ>。
この「身分制度」を支えているのが、解雇規制なのである。公務員や大企業の社員が高い「身分」になるのは、職場が倒産する確率がゼロまたは低くて、かつその職場をクビにならないからなのだ。住宅ローンを貸す銀行やクレジット会社から見れば、その人の会社が倒産せず、かつその人が会社をクビにならずに、定年まで給料が保障されている、ということが「格付け」になるわけだ。
もし解雇が自由化されれば、つねにクビになるリスクがあるので、この「身分制度」は崩壊するだろう。私は、この「身分制度」はフェアではないので、崩壊させるべきだと思っている。その「身分制度」を支えるのが解雇規制なのだから、これを緩和・撤廃すべきだと考えているのだ。
解雇規制の緩和・撤廃論に反発する人の中には、いまこの「身分制度」によって恩恵を受けているので、それを崩壊させたくない、という人もいるだろう。「身分」を手放したくない、という既得権益者による抵抗であり、いわば「確信犯」である。「確信犯」に対しては、私は何も言うことはない。
私が説得したいのは、「確信犯」ではないのに、解雇規制の緩和・撤廃に不安を感じている人たちだ。解雇規制の弊害・デメリットと、解雇を自由化するメリットについては、これまでにたくさん書いてきたので、まずは以下のエントリを読んでみてほしい。
「かんたんにクビにできる」ようにしたほうがうまくいく
http://mojix.org/2012/10/13/kantan-kubi
解雇規制をツイッターにたとえると、「いったんフォローした人は、リムーブできません」
http://mojix.org/2011/07/27/kaikokisei-twitter
解雇規制は雇用を減らしている
http://mojix.org/2010/11/09/kaikokisei-herasu
失敗できない日本
http://mojix.org/2010/03/07/shippai_dekinai
これ以外にも、タグ「解雇規制」に関連エントリがたくさんあるので、読んでみてほしい。この問題の主要なポイントは、会社に解雇を禁じると、会社は採用を減らすので、雇用の流動性がなくなるという点だ。雇用の流動性がないと、転職がむずかしくなるので、正社員という「身分」から外れた人は、正社員になりにくくなる。これで「身分格差」が固定化してしまうわけだ。
雇用の流動性がない現状の日本では、「身分」が高いはずの正社員ですら、転職がむずかしいために、悪条件でもガマンして働く、ということになりやすい。これが「ブラック会社」の一因にもなっている。悪条件でも会社を辞められないのだ。解雇規制をなくして、雇用の流動性が増せば、転職が容易になり、ダメな会社を辞めやすくなる。労働者だけでなく、会社にも市場原理がはたらいて、ダメな会社は労働者を調達できなくなるのだ。
ほんとうに特権的な「身分」を欲していたり、それを維持したいために、解雇規制の緩和・撤廃に反対しているような人は、少数派であると私は信じたい。その「身分」のコストは、その「身分」を得られない人が払っているのだ。どう考えても、この「身分制度」はフェアではない。
ちなみに、解雇規制の緩和については、みんなの党も公約に入れている(<新卒採用の可否によって人生が決まる雇用慣行を是正。正社員の整理解雇に関する「4要件」を見直し、解雇の際の救済手段として金銭解決を含めた解雇ルールを法律で明確化する>とある)。みんなの党は維新ほど目立たないせいか、こちらは叩かれていないようだが‥。
関連:
J-CASTニュース - 「最低賃金撤廃」「解雇規制の緩和」 「維新の会」公約は「暴論」なのか(2012/11/30 19:21)
http://www.j-cast.com/2012/11/30156285.html
関連エントリ:
「40歳定年制」はどこがおかしいか
http://mojix.org/2012/08/03/40sai-teinen
解雇規制のコストを負担しているのは誰か
http://mojix.org/2011/05/24/kaikokisei-cost
アンソニー・ギデンズ「急速に社会が変化している時代には、『仕事』を守るのではなく、『人』を守らなければならない」
http://mojix.org/2009/06/18/giddens_shigoto